「学び直し経営塾、塾長のつぶやき」No.3 「経営学」の真髄とイノベーションを求めて


本コラムも今回で最終回。そこでこれまでの2回分を振り返ってみよう。まず1回目では『リカレント教育(学び直し)と生き物としての「経営学」』というテーマを取扱い、主に社会人のリカレント教育への取り組み状況について国際比較を行いながら、社会で求められる技能・職種構造の変化や人生100年時代に対応した再学習あるいは“学び直し”の重要性を強調した。グローバル化の進展、インターネットによる情報通信環境の高度化、またAI(人工知能)の発展によって失業が懸念される職業などが報道されている。さらに世界で初めて超高齢化社会を迎え、新しいライフスタイルを模索するようになってきた今日の日本にとって、“学び直し”への個人・社会の取り組みは、喫緊の課題ではなかろうか。

そして第2回目では『「経営学」の学び方とリベラル・アーツ教育の重要性』をテーマに、すぐに役立ちそうな「専門コア科目」だけでなく、その背景・土台となる「周辺教養科目」の重要性を強調した。MBAに代表されるような、理論・技術重視の経営学である「専門コア科目」に対して、文化人類学や“自利利他”に代表されるような仏教倫理学などを扱うのが「周辺教養科目」としてのリベラル・アーツ教育である。これは即効性の高い「西洋医学」に対して、患者の自然治癒力を引き出しながらジワリと効いてくる「東洋医学」のような関係ではなかろうか。

今回は上記の1回目、2回目を踏まえて、私なりの結論として開講した“学び直しの経営塾”【寺子屋カレッジ】についてその概要をご紹介したい。これは“あるべき経営学の学び方”あるいは“ネット時代に求められる温故知新的な経営人材の教育スタイル”としての提言と、ご理解いただければ幸甚である。

「学び直し経営塾」を開講するにあたり、「洋式経営スキル(MBA理論)」、「和式経営マインド(道徳・品格)」、そして「情報鮮度(経営環境変化)」を講座の座標軸とした。そしてこの経営塾は、アタマとココロの両面を兼ね備えた、いわば和洋折衷型の進化系経営学である「あんパン経営学」と、最新ビジネス情報から時代の潮流変化の“目”を養う「時事ネタ経営学」の2講座で構成されている(参照:図表1)。これは「経営学」に必要な「MBA理論分野」「現場実践分野」そして「ビジネス最新情報分野」という3つの領域をカバーしているとも言える(参照:図表2)。

(図表1.「学び直し経営塾」の座標軸と2つの講座)

(図表2.「経営学」に必要な3つの分野(側面))

「時事ネタ経営学」では、最新のビジネスニュース(新聞・雑誌記事、WEB情報、テレビ・ラジオ情報、学会・文献情報等)から生き物としての経営学の有用性や楽しさを学び、時代の流れを察知することが狙い。経営の舵取りには3つの目が必要と言われる。すなわち全体を俯瞰する「鳥の目」、現場を観察する「虫の目」、将来を予測する「魚の目」である。通常の仕事場では「虫の目」を磨いているので、ここでは特に「鳥の目」と「魚の目」を養うことに主眼を置いている。

次に「あんパン経営学」では、経営資源であるヒト・モノ・カネ・情報・全体の視点から経営学の重要構成要素として主要10科目に絞り、各科目のエッセンスを経営スキル(MBA理論他)と経営マインド(道徳・品格等)の両面から学ぶことが狙い。すなわち経営トップには2つの頭脳が必要であり、経営理論等のアタマを磨く「理性脳」と、経営倫理等のココロを磨く「感性脳」の修得に主眼を置いている。あるいはロゴス(理性)とパトス(感性)を融合したエトス(信頼)的な経営学かも知れない。

この「時事ネタ経営学」と「あんパン経営学」の両講座についての特徴を、クルマの運転にたとえてみたい。前者は、天気予報やカーナビ等の最新情報から現状と将来の環境変化を知ることで、目的地まで安全に着けることが主眼。後者は、効率性を追い求めた運転テクニックだけでなく、周囲への気配りを考慮した運転マナーも身に付けて、プロとしてのドライバー能力を学び、目的地まで安全に快適に運転していくことが主眼(参照:図表3)。

さらにこの「時事ネタ経営学」と「あんパン経営学」の関係は、相互に影響し合うような、マトリックス関係にある(参照:図表4)

(図表3.経営をクルマの運転にたとえると‥‥)

(図表4.「時事ネタ経営学」と「あんパン経営学」の関係)

以上3回に渡ってご清覧いただきましたことに感謝し、学び直しの経営塾【寺子屋カレッジ】が「世のため、人のため」に少しでも貢献できることを願うばかりである。

最後に、インド独立の父であるマハトマ・ガンジー氏の言葉をご紹介しよう。

Learn as if you were to die tomorrow.(明日、死ぬかのように生きなさい。)
Learn as if you were to live forever.(永遠に生きるかのように学びなさい。)